憧れの人がいる

 

 

全戦全勝のボクシング部主将で、たくさんの女の人にも人気があるほどの外見
運動神経は言うまでもなく、それでいて成績優秀

 

 

まるで絵に描いたような、理想の男の人

 

 

僕は、真田さんみたいに なりたかった

 

 


出会いは 夏

 

 


初等部で ちらちら噂に聞いていた真田さん
そんな人と 一ヶ月だけでも一緒に住めるなんて、とても夢みたいに嬉しかった

 

 


そう、真田さんは 僕の ヒーローだったんだ

 

 


「...天田?どうしたんだ?」
「あ...真田さん..」

 

 

8月27日

 

僕が 自分自身、色々と心の整理をしなくてはいけない日

 

 

そう、明日からの覚悟が 必要だから

 

 

「いつもの おまえらしくないな どうだ?俺でよければ相談にのるぞ」

 

 

大体の整理がついた中、

 

 

ひとつだけ、目を背けたい事実

 

 


自分一人では、受け止められない真実

 


「...じゃあ、ひとつ、いいですか?」
「ああ なんだ?」

 


かすかに 震える

 


「...."家族"って..なんでしょうか」
「........どういう事だ?」
「僕、母さんの事 大好きです でも、もう、母さんが いない事に慣れてしまっていて」

 


そんな自分に 無性に苛ついてきて
思わず、唇を 強く噛みしめる

 


「慣れちゃいけない事なのに!!!でも慣れてしまった僕がいて...!!!」
「天田」
「もう、あの頃みたいに、母さんの事を思い出しても、泣けないんです..!!」
「天田...!」
「こんなんじゃいけない って分かってるけど....でも!!!!」
「天田!!!!!」

 

 


ぱしん

 

 


そんな音と共に、頬が だんだんと痛くなっていく


それで僕は現実に引き戻された

 

 

「さ...真田さん..」
「天田、よく聞け」
「いやです」
「天田!!」
「だってそれを聞いたら僕は!!!」
「俺の目を見ろ」

 

 

有無を言わせない 強い意志を持った瞳


その瞳は、僕をまっすぐと 映していて

 


僕は、この人を信じようと思った」

 


「........はい、取り乱して すみません」
「取り乱す気持ちも分かる...俺も似たようなものだからな」
「...え?」

 

 

孤児院での話、妹さんの話----…

 

初めて聞いた 身の上話は、

 

なんだか 心が じりじりした

 

 

(真田さんも、一緒、なんだ)

 

 

強くて かっこよくて、まるでヒーローみたいな真田さん

 

 

でも、そのヒーローは

 

 

「俺だって、妹...ミキの事を思い出しても、辛くはなるが、泣きはしない」

 

 

「過去に こだわるよりも、今は、未来を見なければならないんだ」

 

 

心に傷を抱えながらも、前へ前へと進んでいた

 

 

(僕が、何も知らないと思ってて言わないだけで)

 

(きっと、真田さんが 力を求める理由も、ここにあるんだな)

 

 

「慣れたんじゃない、傷が癒えたんだ」

 


「癒えちゃダメな傷だってありますよ」
「癒えたからこそ、見えるものも目標も...周りが見えてくるものだ」
「.....真田さんは強いですからね...」

 

 

自分でも、嫌味を言ったと分かっている

 

 

でも

 

 

いくら相手が真田さんでも

 

 

理想論を掲げられたら、嫌味ぐらい 言いたくなるんだ

 

 

僕は、弱いから

 

 

「そんな生き方、できませんよ」

 

 

ふと、あの夜 僕の目の前で起こったものが脳裏をよこぎった

 

 


無意識に、唇を咬む

 

 


無力な自分が、どれほどまでに憎いんだろう

 

 


暗くて どろどろした感情が心を満たしていき、
ダメだ、言っちゃいけない と分かっていても、また真田さんに当たってしまいそうになったとき

 

 


「........俺は強くない まだ過去を引きずってばかりだ...」

 

 


その 自分に言い聞かせるような悲痛を含んだ言葉は、僕の思考を、一瞬にしてかき消した

 

 


ああ、

 

 


このヒーローは

 

 


とても強い反面、とても弱いんだ

 

 


きっと僕以上に、過去の自分に縛られている

 

 


目が合い、苦笑するヒーロー

 

 


その表情は、僕への励ましと、自分への戒めと、過去への悔恨が入り混じっていて

 

 


瞬間

 

 


(強くて弱いヒーローを、僕が守りたい)

 

 


憧れが、昇華する

 

 


イグニッション


たとえ、もう、戻れないとしても

 

 

 

>ReTurn

 

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